| 8月17日 |
普通の大衆食堂でポピュラーなメニューなのか分からないけれど、 実家の食堂のメニューに、「おにぎり定食」というのがあった。
おにぎりが二個と、お味噌汁に、好きなおかずが一品。 特に具もなく塩むすびにもみのりをたっぷりかけたシンプルなおにぎりだ。 型押しするでもなく、ひとつひとつ両親のどちらかが握る。
小さい頃はおにぎりが好きでよく握ってもらってた。 いつもお店が忙しくて、一家団欒で食事なんてほとんどなかったけれど、 忙しい合間に、ほら、とりあえずおにぎり、と握ってくれたおにぎりがすごく美味しかった。
父の握るおにぎりは、三角がはっきりとんがっていて、とってもスマート。 口に入れるとほろりと崩れる。米粒が潰れずに、中に程よい空気が詰まってた。
母のおにぎりは角がなく、なんとなく三角。でも綺麗な曲線で、決して「ヘタクソ」な三角じゃない。中身はぎゅっと詰まっていて、「しっかり食べなさい」というメッセージが伝わってくる。なんとも温かい、母親らしいおにぎりだった。
子供ながらにその違いがはっきりと分かるので、 出されるたび、 「これ、お父さんが握ったやろ?」 「これ、お母さんが握ったやろ?」と当てっこするのが面白かった。
たぶん私が一番最初に教えてもらった料理も、まずはおにぎりだったように思う。 綺麗な三角を作るのは案外難しい。 塩加減とか、ひとつ分のごはんの量とか、お水の付け方とか。
梅干しはタネを抜いてにぎる。 削り節を醤油に浸してにぎる。 具入りは中央に入れるのがまた難しい。
上手にできると、母親がニコニコして褒めてくれた。
でもやっぱり、二人が作るおにぎりが一番美味しかった。 一家団欒じゃなくても、充分幸せだったような気がする。
東京に来てから、料理というものを全くしなくなった。 食堂の娘なのに、料理が嫌いってのも親不孝な気がするけれど(^_^;)
もし、一生を添い遂げられるような人に巡り会えたら、 最後は、私の握ったおにぎりを食べさせてあげたい。 二人に負けないくらい、大きな愛情を詰め込んで、 食べた瞬間、満面の笑みになるような。
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| 8月11日 |
色んなものから、遠ざかってしまった。
同時に、色んなものに、近づいていく。
去年の夏からの怒濤の一年。
想いは目まぐるしかったのに、 この夏という季節は、相変わらずの空気で、今年も私を包んでいる。
交差し過ぎの想い達。 波は絶えない。 凪だろうと時化だろうと、波は絶え間なく繰り返す。
そんな人生なんだろうな、と思う。
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| 8月8日 |
十六夜の月は少しむごい感じがしてあまり好きじゃない これが真実なんだろう 満たされた神秘 一日経てば それは完成しないヒトのようであって
見上げた月が欠けて泣く
*
たぶん こんなふうな言葉を使って
世界を選りすぐっている
あなたはそちら側から切り抜き わたしはこちら側から切り抜き
選んだ視野に あなたがいて わたしがいて
ただそれだけ
塵のような存在で 人間愛などを語り
ああ
恥ずかしい 痛い
でもそれが詩人という生き物なのかな 己を特別視しながら ごくごく平凡に試行錯誤する生き物 微かに見え隠れする一抹の美しさ
まあ
やっかいで愛おしい
寡黙な人を夢見ながら しゃべりすぎてしまうんだろうな
詩ってさ
本当は 言葉じゃないんだよ 言葉という服を着てるだけ
裸になったら そこに詩が残るんだ
なあんて なんだかんだと私もよく喋る
私も痛い生き物だな でも 私達が宇宙であることは明白だし 意味なんて探らないし 必要としてないし
例えば今日なら
くっついていないと濡れちゃうような激しい雨が降った
生きてるって それだけで充分
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仕事帰りに、映画「もうひとつのヤーチャイカ」を鑑賞して帰宅。 http://www.neoneoza.com/program/okamoto_kazuki.html 良かったです(^_^) さて、課題を終わらせますか!
おやすみなさい。
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| 8月1日 |
知人の占い師さんが、自身のブログで、 「友人が愛の詩人をやっていて、いつか彼女と本を出したい」 とさらりと書いてくれていた(T_T)
彼女の作る天然石のアクセサリーは心がこもっていて、 派手じゃないけど優しい。 言葉は、とても強い。
いつかここでも紹介出来たらな。
書きましょう、愛の言葉。 可能性無限大!
で、あわあわです。 昨夜から家を空けていてさっき帰って来ました(^_^;) 課題を終わらせて着替えたらまた出掛けます。
知人達で集まって、カオリの追悼花火大会です。 真夏に革ジャンで集まるようですが(^_^;) 今日も帰らずそのまま明日は学校です。 学校のあとは、日比谷、原宿と回る予定。 あわあわ。
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