> 有難う御座います。準決勝、決勝と接戦でした。
> 原俊介監督、甲子園初出場です。お祝いのメールを送ったら、返信があったのが、夜中の1時36分でした。
忙しかったんでしょうね。
熊本は今日の決勝戦で
熊本工業6 - 2熊本国府という結果となり
熊本工業が3年ぶり23回目の夏の甲子園出場を決めました。
> 山城屋さんおめでとうございます!
> 今夜の酒は格別でしょう。
>
> https://news.yahoo.co.jp/articles/0d284109dfe06dee92f303b7c18c0d94ad0727df
有難う御座います。準決勝、決勝と接戦でした。
原俊介監督、甲子園初出場です。お祝いのメールを送ったら、返信があったのが、夜中の1時36分でした。
山城屋さんおめでとうございます!
今夜の酒は格別でしょう。
https://news.yahoo.co.jp/articles/0d284109dfe06dee92f303b7c18c0d94ad0727df
ジャ〜ン!
インスタントハウスです。
鍵がかかっていて中は見ることができませんでしたが、外側だけでインパクト十分。
ご近所の方の説明によれば、災害時に(テントのように)使うらしく
断熱材で作られているので、軽いとか。
こちらは中くらいのサイズだそうですが、大きなトラックが材料を運んできて、あっという間に組み立てられたということです。
なんというか、桃太郎が飛び出しそうな形。そう思いました。
気になる気になる。
ちょうどご近所の女性が草むしりをされていたので、お尋ねしました。
「あれは何ですか?」
「面白いでしょう。あれはね『インスタントハウス』って言うんですよ。
インスタントラーメンのインスタント」
「は?初めて聞きました」
興味津々なのがわかってしまったのでしょう、
「行ってみましょうか。今お留守だと思いますけど」と誘って下さいました。
「え?いいんですか?入っちゃって」と一応遠慮しつつ、ついて行く気満々。
ご近所の方と一緒だからいいか、と思い、たいへんオープンなその家のお庭に入って行きました。
夕方、雨が上がったのでいそいそと出かけました。
いつもトカゲやカタツムリに出会える石垣の草を見て行くと
おお!あれは何なんだ?
垣根の向こうに、今まで見たこともない巨大な物体がドン!
仏舎利塔か、モンゴルの家か、子どもが遊ぶバルーンか?
> > 玉祥寺温泉の付近に「養老院」があると聞いた幼少の記憶がありますが、事実でしょうか?
>
>
> その辺りです。倉原商店のアパートでした。
> 養老院もあったような・・・小規模だったと思います。
「養老院」と聞いたのはまだ幼い子供の頃でした。
実際に見たこともいった事もありませんでしたが、暗くて陰気なイメージを持っていました。
> > この橋は南田橋と言っていたような気がします。
> > 玉祥寺温泉は、下町に住んでいたころ、小さかった子供を連れてよく行っていました。
>
> 幸さんいいところに住んでいましたねえ。子供の手を引いてどじょう坂を下って、橋を渡り橋を渡り玉祥寺温泉にいくなんていうのは、いい思い出でしょうね。
>
> 最近の散歩コースで下町から迫間川へ下り(昔の階段が整備されています)新しくできた「つなぎ石」という飛び石を踏んで向こう岸に渡り、南田橋を渡ってどじょう坂を上ります。そのときに見上げると左手にアパートがあるので住んでいたのはそのあたりでしょうか?
>
> 玉祥寺温泉の付近に「養老院」があると聞いた幼少の記憶がありますが、事実でしょうか?
その辺りです。倉原商店のアパートでした。
養老院もあったような・・・小規模だったと思います。
> この橋は南田橋と言っていたような気がします。
> 玉祥寺温泉は、下町に住んでいたころ、小さかった子供を連れてよく行っていました。
幸さんいいところに住んでいましたねえ。子供の手を引いてどじょう坂を下って、橋を渡り橋を渡り玉祥寺温泉にいくなんていうのは、いい思い出でしょうね。
最近の散歩コースで下町から迫間川へ下り(昔の階段が整備されています)新しくできた「つなぎ石」という飛び石を踏んで向こう岸に渡り、南田橋を渡ってどじょう坂を上ります。そのときに見上げると左手にアパートがあるので住んでいたのはそのあたりでしょうか?
玉祥寺温泉の付近に「養老院」があると聞いた幼少の記憶がありますが、事実でしょうか?
>
> キンさんありがとうございます。キンさんの投稿で玉祥寺橋の姿が浮かびました。土台の部分は丸石の詰まった蛇篭でその上に丸太が組まれてその上に開いたが並んでいました。この橋は玉祥寺温泉が入湯客のために私費で掛けられたものと誰かが教えてくれました。幼なじみのK君とその橋を渡った記憶がありますが、玉祥寺温泉に入った記憶はありません。
>
> と、ここまで書いて「玉祥寺温泉とは何だったのだろうと思って検索してみたら、『菊池温泉掘削物語』と言う本のリンクが出てきました。何と菊池温泉掘削のドキュメントです。表紙から奥付まですべて読むことができました。当時の隈府の人たちの温泉掘削に掛けた情熱に私は大感激しました。
>
> https://www.sanwa-a.co.jp/theme/sanwa/img/story.pdf
>
> ご一読を薦めます。
この橋は南田橋と言っていたような気がします。
玉祥寺温泉は、下町に住んでいたころ、小さかった子供を連れてよく行っていました。